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身近な歴史街道

 

【身近な歴史街道】

今日は日曜日です
たまには、ちょっと歴史のお話なんぞを・・・・・

===================

お正月に伏見区桃山東の
六地蔵尊、『大善寺』にお参り中の写真です

この大善寺
六地蔵の地名にもなっている
お地蔵さんが祭られる
知る人ぞ知るお寺さんです

849年、小野篁(おののたかむら)が
熱病で意識を失い生死をさまよう中
地獄で苦しむ多くの人を助ける一人の僧に出会いました

僧は篁に
私は地蔵菩薩であると名のり
地獄だけでなく餓鬼、畜生、修羅、人間、天上など
六道の迷いの世界を巡りながら縁ある人々を救っている、と説かれたそうです

九死に一生を得た篁は
木幡山から木を切り出し
六体の地蔵菩薩を刻みこの地におさめ
それからこの地が六地蔵と呼ばれるようになりました

時は流れ建立から300年がたった頃
一昨年の大河ドラマ、平清盛までもが登場します

『奢れるものは久しからず』
という平家を表した言葉が大変有名ですが
当時の時代背景は
六道の世界観無くして語ることが出来ません

『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・・』
時代はまさしく諸行無常の世の中でした

朝廷、武家、寺社が入り乱れての権力争い
相次ぐ戦乱や
大流行した疫病など疲弊する人心
明日への希望が見いだせない
カオス(混沌)がそこにありました

時の権力者たちは
戦乱の世を治めるため
あきらめの世界観ともいうべき
六道の考えを利用したのかもしれません

1157年、後白河天皇は
平清盛に勅命を出し
西光法師に命じ京都の街道の入り口六ヶ所に
六角堂を建て、一体づつご尊像を分置しました

六道の教えを用い
京に続く道への守護へと置き換えたという訳なのです

後白河天皇が崇拝したと言われる
六道信仰からの六地蔵信仰

現在でも夏の終わり頃に
地蔵盆として親しまれていることから考えても
庶民の間に深く根ざしていったものであったことは
歴史の証明なのかもしれません

先の大善寺は伏見六地蔵:奈良街道
上鳥羽の浄禅寺は鳥羽地蔵:西国街道
桂の地蔵寺は桂地蔵:山陰街道
常盤の源光寺は常盤地蔵:周山街道
鞍馬口の上善寺は鞍馬口地蔵:若狭街道
四ノ宮の徳林庵は山科地蔵:東海道

毎日通る道すがらの
幼き家人が遊んだお寺
それは、まさしく日常の風景

でも、教科書に載るような深い歴史があるんですね・・・・・。

おそらくこれが
京の町に住むという事なのだと感じています

『六地蔵』おそるべし!

そろそろ、京阪電車にお願いして
特急止まるようにしてもらいましょうか?(笑)

(BOSS)

【身近な歴史街道】
今日は日曜日です
たまには、ちょっと歴史のお話なんぞを・・・・・
===================
お正月に伏見区桃山東の
六地蔵尊、『大善寺』にお参り中の写真です
この大善寺
六地蔵の地名にもなっている
お地蔵さんが祭られる
知る人ぞ知るお寺さんです
849年、小野篁(おののたかむら)が
熱病で意識を失い生死をさまよう中
地獄で苦しむ多くの人を助ける一人の僧に出会いました
僧は篁に
私は地蔵菩薩であると名のり
地獄だけでなく餓鬼、畜生、修羅、人間、天上など
六道の迷いの世界を巡りながら縁ある人々を救っている、と説かれたそうです
九死に一生を得た篁は
木幡山から木を切り出し
六体の地蔵菩薩を刻みこの地におさめ
それからこの地が六地蔵と呼ばれるようになりました
時は流れ建立から300年がたった頃
一昨年の大河ドラマ、平清盛までもが登場します
『奢れるものは久しからず』
という平家を表した言葉が大変有名ですが
当時の時代背景は
六道の世界観無くして語ることが出来ません
『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・・』
時代はまさしく諸行無常の世の中でした
朝廷、武家、寺社が入り乱れての権力争い
相次ぐ戦乱や
大流行した疫病など疲弊する人心
明日への希望が見いだせない
カオス(混沌)がそこにありました
時の権力者たちは
戦乱の世を治めるため
あきらめの世界観ともいうべき
六道の考えを利用したのかもしれません
1157年、後白河天皇は
平清盛に勅命を出し
西光法師に命じ京都の街道の入り口六ヶ所に
六角堂を建て、一体づつご尊像を分置しました
六道の教えを用い
京に続く道への守護へと置き換えたという訳なのです
後白河天皇が崇拝したと言われる
六道信仰からの六地蔵信仰
現在でも夏の終わり頃に
地蔵盆として親しまれていることから考えても
庶民の間に深く根ざしていったものであったことは
歴史の証明なのかもしれません
先の大善寺は伏見六地蔵:奈良街道
上鳥羽の浄禅寺は鳥羽地蔵:西国街道
桂の地蔵寺は桂地蔵:山陰街道
常盤の源光寺は常盤地蔵:周山街道
鞍馬口の上善寺は鞍馬口地蔵:若狭街道
四ノ宮の徳林庵は山科地蔵:東海道
毎日通る道すがらの
幼き家人が遊んだお寺
それは、まさしく日常の風景
でも、教科書に載るような深い歴史があるんですね・・・・・。
おそらくこれが
京の町に住むという事なのだと感じています
『六地蔵』おそるべし!
そろそろ、京阪電車にお願いして
特急止まるようにしてもらいましょうか?(笑)
(BOSS)